「ピピロッティ・リスト:あなたの眼はわたしの島」展 感想

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京都国立近代美術館で開催中のピピロッティ・リストの展覧会、少し前ですが行ってきました。今回はこの展覧会の感想をつらつらと書いていこうと思います。

 

ピピロッティ・リストについては、私ははじめて知ったのですが、スイス出身の女性アーティストで、映像作品の創作を中心に活動しているようです。今回の展覧会の出品作品も多くは映像を用いた作品になっていました。

 

映像作品と言ってもただ二次元で映像を見せるだけでなくて、空間自体を鑑賞者に体感させようと言う、インスタレーションの形をとった展示。ソファに座ったり、ベッドに寝転がってみる作品などもありました。

 

様々な作品がありましたが、まず気になったのは水をモチーフにした作品が多かったことです。深海をイメージしたような空間、あるいは水中カメラを使った映像など複数ありましたが、「水」は彼女の作品の中でも重要なキーワードなのではないでしょうか。

 

特に印象的だったのはベッドに寝転んで天井に映し出された映像を見る作品。水中の植物や水中にもぐった人間の身体などが映し出されています。まるで水中に沈んでいるような感覚が味わえる。

 

水は人間の根源です。われわれ人間の祖先は海で生まれ、個々の人間もまた母の羊水の中で生まれます。そして水はわれわれの生命を維持しています。水のないところに文明はありません。古代四大文明もそれぞれ、水資源が充実しているところに現れました。

 

水は自然にとっての根源でもあります。近代以降区別されてきた人間と自然。人間は理性を持つものとして自然に優越すると考えられてきました。自然と人間は他者同士として見られてきたわけですが、そんな人間と自然が共有する領域こそが水であると言えるでしょう。

 

この展覧会で私が感じるのは、人間と自然の住み分け、その境界線が撹乱されるような感覚です。「水」というテーマはそのひとつとして考えられるのではないでしょうか。

 

もうひとつ重要だと思うのは「身体」というテーマです。

 

「自分」と言うものを考えるとき、どこまでが「自分」なのかというのはしばしば問題になります。自分の身体は「自分」のうちに含まれるでしょうか。おそらく多くの人は自分の身体は「自分」だ、と考えるでしょう。しかし一方で「体が勝手に…」と言ったりするように、まるで身体が他者となってしまうことも考えられるのです。

 

ピピロッティ・リストの作品には「身体」をかなり大きくズームした映像がしばしば見られました。細かいしわや透けて見える血管の様子などのクローズアップ、こういった映像を見ていると普段見慣れている身体がとても気持ち悪いものに見えてきます。

 

こうした表現の仕方は、デペイズマンや、異化と呼ばれているものです。要するに日常のありふれた事物を本来それが持つ文脈から切り離して提示して見せることで、その事物のまったく異なった一面を見せるのです。

 

言い換えると、ここで提示されている映像の中の身体はもはや普段我々が日常的に目にしている自分の身体ではありません。われわれ人間にとって、本来一心同体、自分の一部と考えられてきた身体は、われわれから切り離され、異様な「身体」となってしまったのです。これは自己の一部が他者となってしまう経験だといえるでしょう。

 

ここで考えさせられるのは、普段人間が自分の一部、と考えているものや自分の所有物と考えているものはいくらでも「あちら側」になりうると言うことではないでしょうか。つまり人間は、自己対他者という二項対立を前提として物事を語る場合が往々にしてありますが、その境界線はいくらでも揺らぐ可能性があるのです。

 

人間が「制圧」していると思い込んでいる自然や、身体もいくらでも人間にとって他者(敵)になりえます。

 

最近のコロナ騒動やここ十年頻繁に起こっている地震津波などの自然災害。われわれは自然という他者によってずいぶん生活様式の変更を強いられました。広い目で見ると近代以降、人間はユマニスムの名の下に自然を制圧できるものとして勘違いしてきたのです。ところが自分達がコントロールできると思っていた自然がこれほどまでに人間に牙をむくことになって初めて(再び)人間は自然が他者であると認識したでしょう。

 

近年の自然の猛威は科学技術によって自然の攻撃を受けるはずのなかった日常から人間を追放した(デペイゼ)といえるのではないでしょうか。人間を完全に自然から切り離すことはできない。我々が普段自然との間に引いている境界線を揺るがすような現状とピピロッティ・リストが提示しているものが私には非常に重なって見えました。

 

ピピロッティ・リスト:あなたの眼はわたしの島」展は京都国立近代美術館で6月20日日曜日まで開催しています。興味がある方は是非。